西梅田再開発事業


西梅田地区はそもそも阪神電鉄の開業時の駅があった場所。

踏切渋滞解消のため、福島地区の電鉄地上線を地下線に変更した。
地上の空いた土地を利用した再開発事業を「西梅田関連」と呼ぶ。写真中央には工事が進むビル、その奥には野村監督が3年間居住したハービス梅田のリッツカールトンがある。

阪神西大阪地区再開発事業は電鉄の悲願だったが、阪神大震災による復旧事業によって事業が遅れた。震災復興にも費用がかかり、電鉄の予算は苦しかった当時、スポーツ紙が「阪神身売り〜佐川急便か?」という記事を一面で書いた。佐川急便が球団買収に色気を出したのは事実。また、西梅田地区事業・阪神大震災復興事業が重なった頃は、球団戦力への投資が抑制された事もまた事実です。だが、たとえ西梅田地区の開発事業を遅らせても阪神電鉄が球団を売る事はありえない。阪急は創業者・小林一三亡き後、ブレーブスを手放しましたが、阪神電鉄のスポーツにかける熱い思いがある限り、タイガースは続くのです。

2005年に完成したハービスエントは西梅田の阪神のシンボルです。劇団四季の劇場を常設しています。


げんまつWEBタイガース歴史研究室