来日後4年で45勝したエース級の助っ人投手、大リーグ実績もる大物投手だった。ストレートもいいが、カーブの切れが素晴らしく、当時のセ・リーグでカーブといえばキーオと言われる程であった。
父親が南海でプレーしたリチャード・キーオなので13歳のときに初来日している。「ちょっと待っとキーオ」というようなギャグも言えるので関西人の心をつかんだ。
1955.7.3生
出身地 アメリカ カリフォルニア州ポモナ
出身校 カリフォルニア州立大中退
投手 右投右打
74年〜83年 ドラフト7位でアスレチックスに入団 77年メジャー昇格 80年〜3年連続二桁勝利
83年 ヤンキース
85年 カージナルス
86年 アストロズ
87年 阪神タイガース 背番号4 27試合 11勝14敗 3.80 開幕投手
88年 28試合 12勝12敗 2.76
89年 28試合 15勝9敗 3.72
90年 24試合 7勝9敗 5.00 6月16日巨人戦で猛打賞 オープン戦で痛めた左ひざが再発 9月24日解雇通告
91年 3Aエドモントン
アスレチックス スカウト
実働4年 登板107試合 勝利45 敗戦44 完投22 完封4 投球回678 奪三振398 防御率3.73