大島忠一   おおしま・ただかず

田淵・片岡の時代に3番手としてベンチ入りしていた捕手。ウエスタンリーグでプレーしていたが、ヒゲ辻がヘッドコーチになった5年目に公式戦初出場を果たす。打撃は荒削りながらストレートには強く代打の切り札をねらった。打撃を生かして一塁の守備についた事もある。キャッチングがうまく、ブルペンでは救援投手の調整に勤めた。
虎風荘のドンとして若手選手から慕われ続けた兄貴分。


1949.8.15生
出身地  愛知県岩倉市
出身校  中京商業高校 中京大学
捕手・一塁手 右投右打

66年 選抜甲子園は補欠で出場 正捕手は矢沢(よみうり)
71年 ドラフト7位で阪神タイガースに入団

72年 阪神タイガース  背番号46
73年 出場なし
74年 出場なし
75年 出場なし
76年 7試合 1打点 .333
77年 48試合 3本7打点 .255 5月19日甲子園、中日戦で鈴木孝政からサヨナラ本塁打を打つ  独身最年長として虎風荘寮長に就任
78年 46試合 2本10打点.228
79年 13試合 1打点 .091
80年 21試合 .167
81年 25試合 2打点 .261
82年 15試合 .273
83年 コーチ補佐兼務(二軍) 現役引退

84年 背番号77 コーチ補佐(二軍)

実動7年 出場175試合 打数186 安打43 本塁打6 打点21 盗塁1 打率.231 


げんまつWEBタイガース歴史研究室